笹の舟で海をわたる
笹の舟で海をわたる 角田光代 毎日新聞社
日常からほぼはみ出すことの無い家族の日々とともに
主人公の内面を描いたものであった。
話らしい話は、とりたててない。
特別なことと言ったら
物語の始まりの時代が戦時中で
主人公、左織とその友達、風美子が出会ったと言う事くらい。
あとはやや特殊ながらも親族関係となり
お互いに行き来しつつ
左織はいわゆる頭の堅い普通の主婦として生きて
風美子は有名な料理研究家となって自立して生きている
そんな関係。
押しの強い風美子にほとんど引っ張られるようにして生きていく現実に
左織は「巻き込まれている」という
恐怖にも近い感情を覚えている。
左織の気持ちを理解することは非常に簡単で
一般の普通のおばさんたちならば
ここまで家族に入り込んで、切り回し助けてくれ
子供の面倒まで引き受けて
あろうことかお金の面でも気前よく払ってくれる友達は
まず、煙たがり、
なにか魂胆があるのではと訝しく思い
なにか大事なものを乗っ取ろうとしているのかと思って
疎遠になっていこうとするだろう。
しかも風美子が美人で有名人で金持ちで
子供が親より懐くのだもの
その他いろんな嫉妬まで抱くのが普通だと思う。
左織はそんな複雑な感情を常に持ちながら
それでも風美子が世間に悪くいわれたり、
義母に悪口を言われたりし続けると我慢が出来ないし
大地震の折には必死に生死を確認しようと慌てふためく。
実際この二人はほとんど家族になってしまっている。
真面目な姉に
自由で闊達な妹。
それでも左織はそれに気づかず
「巻き込まれている」と言う被害意識を捨てられない。
その感覚が幼かったときの自分と重なるから、
それはなおのこと強くなる。
いったいこの作者は、なにを言いたいのだろう。
巻き込まれて「いじめ」をしなければならなかった者が
生涯にわたって抱き続ける心の闇の問題だろうか?
それもあるかもしれないが
そこが一番のテーマじゃないだろう。
ラスト数ページで主人公左織は
生まれて初めて物事を前向きに見る。
顔を上げて、前を見る。
弱い自分も知っている、笹の舟に乗っていることも知っている。
それでもぐんぐんと広い海をわたっていくかもしれない。
左織はこれから、風美子のように
毒でさえも栄養にして進んでいこうとしているのかもしれない。
少なくとも、悪いことはみんな人のせいにしてしまう
そんな考え方は捨てるのだろう。
そしてそう考えたとき初めて
左織は風美子と同等に並ぶことが出来
娘時代に自分を嫌った長女百々子とも
同等と会話することが出来るようになる。
・・・しかしさぁ、もうちょっと物語のある小説が読みたかったな。
読まされたことは認めるけど
面白かったか、感動したかと問われれば・・・・・
